今日のブログはちょっと長いです。。。
じつは・・・
2019年に新規採用を検討中です。
ひとの強みを生かす(P.ドラッカー・経営者の条件、より)
採用に限らず・・・
ひとが社会生活を営むうえで、これほどに重要なテーマはないでしょう。
人数は関係ありません。
たった2人の漫才コンビであったとしても、それは「2人」というチーム・組織、であり、相方の強みを生かせないコンビは、きっと売れません。
ドラッカー先生の言葉は重く、はっとさせられます。
「結果を生むには利用できるかぎりの強み、すなわち同僚の強み、上司の強み、自らの強みを動員しなければならない」
⇒その通り。
新しく雇うであろう新人君の弱みに目を向けても仕方がない。
強みに目を向けて、強みを生かさないといけない。
またほかにも、うちのような会社の場合、タッグを組む業者、コラボする専門家や取引先、こういう人たちの強みも動員すべき。
とくに、規模の小さな零細企業は、外にいるひとの強み、をおおいに動員すべき、でしょう。
ただし・・・以下に注意点があります。
「大きな強みを持つ者はほとんど常に大きな弱みをもつ。山あるところに谷がある」
「あらゆる分野で強みを持つ人はいない。申し分のない人などありえない。そもそも何について申し分がないかも問題である」
⇒残念ですが、これも真理でしょう(苦笑)
ドラッカー先生は、わかりやすい例えで、次のようにこれを解説しています。
「オペラの舞台監督は、プリマドンナが客を集めてくれるかぎり、彼女が何度かかんしゃくを起こそうと問題ではないことを知っている。
最高の舞台をつとめあげるうえで必要なかんしゃくであるならば、それを我慢することも舞台監督の報酬のうちである」
要するに、成果、に注目すべきで。
「人に成果をあげさせるには、【自分とうまくいっているか】を考えてはならない。
【いかなる貢献ができるか】を問わなければならない。
【何ができないか】も考えてもならない。
【何を非常によくできるか】を考えなければならない」
もうひとつ、大事なのが。
組織を情実となれあいの泥沼にはめてはいけない、という点。
「仕事は客観的に設計しなければならない。
人の個性ではなく、なすべき仕事によって設計しなければならない」
ついつい凡人は「人に合わせて仕事の構造を変える」ことをしがち。
『あの人はこれができるからやってもらおう』的な発想は、確実に組織をダメにします。
仕事の客観性につき、ドラッカー先生はしつこく注意されております。
「業績は、貢献や成果という客観基準によって評価しなければならない。
しかし、それは、仕事を非属人的に規定し構築して初めて可能となる」
さもなければ・・・このような組織に転落します↓
「さもなければ、【なにが正しいか】ではなく【だれが正しいか】を重視するようになる。
人事も【秀でた仕事をする可能性】ではなく、【好きな人間はだれか】、【だれが好ましいか】によって決定するようになる」
「人に合わせて仕事を構築するならば、組織は情実となれあいに向かう。
組織は公平さと非属人的な公正さを必要とする。
さもなくば、優れた者は去り、あるいは意欲を失う」
「だが成果をあげる組織には多様性を必要とする。
情実となれあいの組織では、変革の能力を欠き、正しい意思決定を行う上で必要となる【異なる見解の能力】を失うことになる」
なるほど・・・
つまり・・・
あの人は好きか嫌いか、とか、
あの人とは仲がいいとか悪い、とか
そういう低次元で人事を考えだしたら・・・
トップリーダーのまわりに集まるのは、たいした意見も見解も持ちあわせていない「イエスマン」が集うだけであり。
この組織が大きな成果をあげることは、ほぼなくなる、ということに転落します。
組織が成果をあげるには、多様性が必要なのです。
成果をあげる組織は、異なる見解、つまり、反対意見が、つねに出てくる状態を保っているのです。
ひらたくいえば。
「それ、おかしいんじゃね?」という指摘を誰もが気軽に行える組織風土を保つ、ということ。
これこそが、冷静に組織内のメリットデメリットを考察する手段のひとつであり、
健全な意思決定を行うための必須条件なのです。
全員が賛成、なんて、それじゃあまるで、どっかの独裁国家みたいなもんで、それはかなりいびつな組織に違いありません。
よって。。。
リーダーは、つねに孤独でないといけない、ということになります。
つねに、誰かから「え?それ、おかしくないですか??」と言われ続ける、ということです(笑)
それでいいんです、それが健全な証拠なのです。
2019年に、新規採用を考えています。
よく考えなくてはいけません。
今日の一曲。
ついに長野市内、降り始めました。
Rod Stewart - Let It Snow!
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